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みづ鍼灸室 by 未津良子(症例集) |
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症例12・頚椎症2
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症例12・頚椎症2 |
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究極の頚椎症の治療 |
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椎間板ヘルニアとの違い |
前述のUさんは、時々、病院にも通って、レントゲンなど撮ってもらっていました。
「こんなに痛みがひどいのなら、ヘルニアが出ているに違いない」と医師に言われたこともありました。
頚椎症(頚椎症性神経根症)と、椎間板ヘルニアとの違いは何でしょう?
椎間板ヘルニアは椎骨と椎骨の間の椎間板から突び出した髄核が神経線維を侵食することで痛みや麻痺が起こります。
たいていは、4週間ぐらいで突出した髄核が消失するらしいですが、それまでは、何をやっても、症状が続きます。
頚椎症の場合は、意外に簡単に、痛みを取り除くことができます。
ヘルニア消失後の、後遺症的な不快感(頚椎症?)には鍼灸が効きますが、ヘルニアにしろ頚椎症にしろ、あまりに長い間神経を圧迫し続けると、痛み、痺れなどが「完治する」かどうかは怪しいものです。
神経は、いったん変性してしまったら、元通りにはならない、というのが定説です。 |
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鍼灸は「治療」で鑑別する |
頚椎ヘルニアと頚椎症の場合、痛みの種類や程度に違いがあるのでしょうか?
実際に、両方を経験した人がいたら、聞いてみたいです。
問診の段階で、患者さんの言葉のニュアンスから見分けられないことを考えると、かなり似通った痛みのような気がします。
鍼灸治療での両者の鑑別法は「治療」です。これは、腰痛などの他の病気にも言えることです。
治療をしてみての、治り具合で判断するのです。
治療直後は、ヘルニアの場合でも、かなり痛みが軽減されますが、数時間後にはまた痛みが舞い戻ってきます。
翌朝には「前と全く同じ」になります。
(鍼灸は物理的圧力をかけないので、ヘルニアでも治療できます)
頚椎症は、治療した分だけ楽になります。痛みが戻ってきても、治療前よりは、たとえわずかでも、確実に楽になっていきます。
鍼灸での治療法は、どちらも同じです。
首の筋肉を緩め、神経が圧迫されている部分に鍼灸をします。
末端の方まですべて、痛みの出ている神経に沿っての治療もします。
詰っているところの「お掃除」のようなものです。
(全体的なバランスを整えたりは、どんな症例にも必須ですが・・・) |
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究極の頚椎症 |
Nさん(当時40歳)は、2001年5月に来院しました。
無口でポーカーフェイスの、エニアグラムでタイプ5の男性です。
電話での問い合わせのとき、『もしや変態?』とちょっと疑ってしまったぐらい。自分の痛みを他人事のように淡々と語る人です。
AさんやUさんと症状が同じだったので、たぶん、ものすご~い痛みなんだろうなと類推しました。
二人が大騒ぎする人たちだったおかげです。
今回も、1日おきの治療で1週間で激痛は消失するだろうと思って治療を開始したのですが、痛みが「少し楽かも」になるまで、1週間以上かかりました。
実は、頚椎症の最初の激痛が起こったのは1年半前だったそうです。
今回は2度目の発作でした。
Nさんの頚椎症は根が深く、治療は本当に大変でした。 |
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とてつもない激痛 |
来院時、Nさんの痛みは、そうとう激しかったらしく、ロボットのように固まったまま、最小限の身動きしかできませんでした。ちょっとでも身体を動かすと、左腕にものすごい激痛が走るのだそうです。
じっとしていても激痛で、夜も痛みで眠れませんでした。
Nさんの痛みと痺れは、首、左肩と肩甲骨の周辺、左の腕から指先(薬指と小指)へとつづいていました。
「首はまったく動かせない」「左腕も動かせない」とのことでした。
左肩甲骨の内側の膏肓(こうこう)というツボのあたりから、激痛がはじまったそうです。
左腕全体の筋肉がおちて細くなり、左手の握力も低下していました。 |
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鈍痛は時限爆弾 |
Nさんは、来院の1年ちょっと前(H12年1月)に最初の発症があり、そのときに病院で、頚椎症と診断されたそうです。
痛み止めは効果なし。
牽引では、痛みが悪化したそうです。
神経ブロックも試してみました。注射の直後は痛みが消えたのですが、30分ぐらいで、また激痛がぶりかえしたそうです。
「病院に通っても治らない」と思ったNさんは、温泉通いをはじめました。
激痛は治まったのですが、左の肩甲骨の内側に、いつも鈍痛があったそうです。
左腕はしびれたままで、常に「冷え」に悩まされ、握力もどんどん低下していきました。
来院の1週間前にぎっくり腰になり、3日間まったく動けない状態だったそうで、その数日後に、いきなりの激痛で、頚椎症が再発したそうです。 |
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なかなか治療効果があがらない |
痛みで仰向けになれないので、痛いほうの左を上にして横になってもらい、左の首、肩、肩甲骨、腕を中心にハリとお灸をたくさんしました。
そのあと、うつ伏せでの治療をしました。
左指の井穴から邪気を抜き、子午流注の反対側に銀粒、背骨の矯正のための磁石を2個(Nx1とSx1)貼りました。
治療を終わって、「どうですか?」と聞くと、無言です。
ほとんど、変化がなかったようです。
それまでの患者さんたちは、みなさん初回の治療後、痛みが楽になったので、ちょっと不思議でした。
Nさんは、「治せる」という私の確信に、わらにもすがる思いだったようです。
2回目の治療のあと、やっと少しずつ痛みが和らぎはじめました。 |
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焼き尽くし灸 |
Nさんへの治療は、どんどんハードになっていきました。
神経痛のでている首から左腕まで、びっしりと深いハリを打って置鍼しました。
そのあと、お灸をするのですが、左腕のお灸は、火を途中で止めずに、最後まで燃やし尽くしました。
いつもの私のお灸は、皮膚に火が届く直前に、寸止めする糸状灸です。
お灸を重ねていく透熱灸の場合は、もぐさの下に灸点紙を敷きます。
そうすると、痕が残らないし、やけどになった場合でも、病根がなくなれば、お灸の痕はすっかり消えてしまいます。
あまりにひどい神経痛の場合、あえて、痕を残すお灸をします。
坐骨神経痛の人など、数人の人にしかやっていませんが、しばらくの間、がんこな激痛が治まるのだそうです。
激しい熱さで痛みが和らぐのでしょう。
かさぶたができると、そこを治療しようと大量の血液が集まるので、お灸の効果が持続します。
痕はたぶん一生残ります。
細い糸状灸でお灸をしても、やけどの皮膚はゆるんで伸びていくので、痕はだんだん大きくなっていきます。だんだん薄くなって、目立たなくはなりますが。
どうするかは患者さん本人に選んでもらっています。 |
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「邪」魔な「気」の溜まり |
「1日おきの治療で、1週間後には痛みが治まるでしょう」と予測したのですが、Nさんの場合は、そう簡単にはいきませんでした。
1週間で、重症だったAさんやUさんの1日分。
1ヵ月後にやっと、1週間分の治療効果があがるという状況でした。
週に3回以上の治療を、1ヶ月間続けて、やっと、「ほとんど痛みがない日もある」ようになり、0~2割ぐらいの痛みをくり返すくらいになりました。
なかなか痛みが引かないので、Nさんには毎回、指先にある井穴から、邪気を抜く治療をしました
。Nさんの場合は、関衝(第4指、三焦経)、少衝(第5指、心経)、少沢(第5指、小腸経)ですが、左指の井穴すべてから抜いたこともありました。
自宅でもやったそうです。
経絡の井穴から、気の流れを邪魔している余分な気(=邪気)を抜くと、その経絡全体に風が通るような感じがして、すっと軽くなります。
ついには、左の膏肓など、背中や腰のツボからも、溜まった邪気を取るようになりました。 |
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神経には閾値がある |
やれやれと思ったのもつかの間、2ヶ月たって、また激痛がぶり返しました。
いったん、治まったかのようにみえた痛みが、治療の過程で、再び戻ってきたのです。
これは、他の患者さんでも、ときどき起こる現象です。
神経には「閾値」があって、一定レベル以下の刺激は無視します。
激しい痛みが長くつづくと、神経は閾値を上げ、鈍感になることで、人を痛みから解放しようとします。
痛みが眠ってしまうのですね。
痛みが楽になるにつれ、神経の閾値は、だんだん下がっていきます。
すると、鈍感だった神経で拾えなかった痛みを、ある日突然、感じるようになるのです。
そこからは、みるみる良くなっていきました。
半年ぐらいかかったのですが、左手の握力も7割ぐらい戻って、タオルを固く絞れるようになりました。 |
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ドーゼを落とす |
Nさんの痛みは相当なものだったようですが、治療する側の苦労も大変なものでした。
首も肩も背中も腰も、全身がバリバリでした。
痛みが何度もぶり返し、そのたびにいろんな治療をあれこれと、次々にやってみました。
治療のメニューが増えて、どんどんハードになっていきました。
人間の身体は、強い刺激を受け続けていると、だんだんそれに慣れてしまいます。
今度、また激痛発作が起こったら、やることがなくなってしまいます。
良くなるにつれて、治療のドーゼ(刺激量)を落とし、いざというときに、ガーンとドーゼを上げて、ガツンと治療をするのが、最も効果的なのです。
たいていは、良くなってくると身体が敏感になって、患者さんの方でも、それまで平気だったハリが痛く感じたり、お灸が熱く感じたりするようになるものです。
Nさんの場合は、「また、あの激痛が襲ってきたら」と非常な不安に駆られていたので、説得するのが一苦労でした。 |
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いったん崩れたら、2週間はかかる |
Nさんの仕事は24時間勤務で、そのほとんどはデスクワーク。人手がないと、2日、3日と連日勤務を続けたりと、とても仕事を愛していました。
慢性的な緊張感と運動不足の日々でした。
症状が落ち着くまでは、週に1・2回の治療をし、2年目ぐらいからは、大体週1の治療をつづけました。
仕事が忙しすぎると、治療に来にくくなります。
ストレスとの相乗作用で、何回か激痛発作が再発したことがありました。
山道で、山から岩が落ちてきても、1個や2個ならすぐに取り除けます。で
も、崖が崩れてしまったら、修復するのには何日もかかります。
いったん激痛発作が起こると、治まるまでに2週間~1ヶ月はかかってしまいます。
またドーゼを上げ、2日か3日に1回は治療しなければならなくなり、ドーゼ落とせるようになるまで何週間もかかります。
せめて、「軽いしびれ」を目安にした、早めの治療をおすすめします。 |
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坐骨神経痛も併発しやすい |
「腰痛持ちは首も悪い」ということは言えませんが、逆は言えます。
うちの患者さんは、首が悪い人は、全員が腰にも問題を抱えています。
Nさんは、2004年3月、鍼灸治療をはじめて2年たった頃、坐骨神経痛をおこしました。
半年後に、もう1回です。
Uさんも、頚椎症が一段落したあと、坐骨神経痛になったことがありました。
昔から腰痛持ちだったのですが、Uさんの場合は、右も左も1回ずつ、両側とも坐骨神経痛になりました。
AさんとHさんにも、坐骨神経痛の病歴がありました。
痛みで全身が過緊張をつづけたせいで、頚椎症が一段落した後、あちこちに潜んでいた「歪み」が、次々に爆発するのかもしれません。
頚椎症の激痛発作と同じく、坐骨神経痛も、いったん崩れるとやっかいです。
早めの治療を心がけましょう。 |
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生活の改善が、完治の秘訣 |
Nさんは独身でした。食事はすべて外食。休日はビールを飲んで、ひたすら眠りつづけるという毎日でした。
ストレス、徹底的な運動不足が、頚椎症の治りを遅くしていたのでした。
そんなNさんに、転機が訪れました。
恋人ができ、仕事を減らして、運動量が増えました。野菜をたくさん食べるようにもなりました。
症状は一気に快方に向かいました。
4年半の間、ずっと背骨の矯正の磁石が手放せませんでした。
磁石が取れると、左腕の痺れが強くなって、腕を動かすときに違和感が生じ、首、肩、肩甲骨、腕などに痛みが出はじめるのだそうです。
それがある日、とうとう、取れたことに気づかなくなりました。
その後は、あまり治療に来なくなりましたが、痛みゼロを更新しつづけ、左手のしびれもわずかになりました。
ただ、左腕の筋力は完全には戻らず、つねに冷えていて、夏でも、肘のサポーターが手放せないとのことでした。 |
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痛みがひどいわりには、簡単に治る |
たくさんの頚椎症の患者さんが来ましたが、Nさんのようにてこずった人は、一人もいませんでした。
AさんとUさんは重症、Nさんは究極の頚椎症と言えるでしょう。
そのほかの患者さんは、それでもみなさん、ひどい痛みと絶望感から、「うつ」になりそうになったそうです。
お医者さんに、「手術するしかない。手術にはリスクがあって、下半身不随になる可能性もある。手術をしても、症状が残るかもしれない」と言われた人も少なくありません。
でも、鍼灸で治療をすると、1回目で、「あれ?」というほど痛みが和らぎ、2・3回で治る、そういう人がほとんどです。
痺れに関しては、発症からの日数が問題です。
神経は、いったん変性を起こすと、完全にはもとには戻らないので、軽い痺れが残ってしまう可能性があります。
頚椎症に限らず、首の治療は難しいので、首の治療の上手な鍼灸師を探しましょう。 |
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Updated: 2010/2/9 |
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