dosei みづ鍼灸室 by 未津良子(症例集)
症例70・野球肘(肘の内側の痛み)
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症例70・野球肘
肘の内側、上腕骨内側上顆炎
野球少年の「野球肘」は軟骨の損傷だった
1993年9月、小学生から野球をやっていたM君(当時16歳、男性)が右の腰痛で来院しました。
ずっと前から痛かったそうですが、「8月になってハードな練習をして悪化した」とのこと。
ピッチャーなので、左肩の三角筋にも痛みがありました。鍼と透熱灸でどちらも1回で治りました。

2回目は1997年、大学生になって左肩と左肘内側(上腕骨内側上顆)の痛みで来院しました。
左肘だけ1日おきに2回、計3回集中治療をしましたが、痛みがぜんぜん変化しません。
軟骨が剥がれていたとのことで、除去手術を行ったそうです。軟骨には血管が通っていないので、自然治癒が望めないのです。

手術後も肘の熱感と痛みがありました。途中で1回投げてみたら、肘と肩が痛くなったそうです。4回の治療後外野手に転向しました。
あちこちの不具合が完治するまで2カ月(8回)かかりました。

ついでに言えば、翌年に「強く投げると左肩が痛む」と来院しました。
3週間に左のハムストリングスの肉離れをしたとのことで、同じ部位の断裂は2回目だそうです。
すぐに小走りができるようになったので、本人は「肉離れじゃなかったのかもしれない」と言ったのですが、鍼灸で筋疲労を取ると、みるみる治っていくのです。
<→症例35「肉離れ」参照>
1カ月後(6回目)には足も肩も完治していました。
内果を痛めると「野球肘」、外果は「テニス肘」
上腕骨の上端は肩甲骨につながって肩関節を形成しています。下端は前腕の尺骨の肘頭と関節していて、尺骨の横には橈骨がくっついています。
上腕骨 尺骨 橈骨
上腕骨内果 上腕骨外果 尺骨肘頭
「上腕骨内側上顆」=内果は肘の内側のでっぱりです。前腕にある強力な屈筋がここにくっついています。
共同腱になっているので、こじらせやすく治りにくいのです。
ここを痛めると「野球肘」と呼ばれます。
ちなみに「テニス肘」と呼ばれるのは、肘の外側のでっぱり、「上腕骨外側上顆」=外果の損傷です。
前腕の伸筋がここで共同腱(総伸筋腱)になっているので、こじらせるととても厄介なのです。
机の上で肘を張ったときに、外側に見えるでっぱりが外果です。頬杖をつくときに当たる肘のとんがりは尺骨の肘頭です。
<→症例42「テニス肘」参照>
前腕の屈筋群と上腕三頭筋
上腕骨の内果には、手首や手指を動かす前腕の強力な屈筋がくっついています。
イラストは解剖の本をスキャンして私が作ったものなので、かなり大雑把です。すべて右側です。
<前腕の筋肉の詳細は→症例44「手首痛」を参照してください>
浅指屈筋
4指屈曲
橈側手根屈筋
屈曲+外転

長掌筋
屈曲
深指屈筋
4指屈曲
尺側手根屈筋
屈曲+内転
円回内筋
回内+屈曲
浅指屈筋()、橈側手根屈筋()、長掌筋()、尺側手根屈筋()と、円回内筋()は内果()で共同腱になっています。
1本の筋肉の硬直が他の筋肉に連鎖して、みんなでそろって硬直します。こじらせて共同腱に障害が及んでしまうと厄介なことになります。
腱には血管が通っていないので自然治癒にとても時間がかかるのです。

裏側には上腕の伸筋、上腕三頭筋がくっついています。
上腕三頭筋
肘関節伸展
上腕三頭筋()は上腕の後面を独占する大きな筋肉で、肘を伸ばす働き(伸展)をします。
尺骨の肘頭に関節し、内果の前腕屈筋群と連動します。

起始 停止 作用
長頭 肩甲骨、関節下結節 肘頭の上後面と前腕の深筋膜 肘関節の伸展
外側頭 上腕骨体外側面
内側頭 上腕骨体後面
ピッチングで「野球肘」になる理由
ピッチングは伸筋で始動します。 足、でん部、腰部、背筋、肩の筋力を上腕三頭筋につなげます。
この運動連鎖で速くて強いボールが投げられるのです。
三頭筋の次は前腕の屈筋が主導になり、最後に手首のスナップを使います。
手首や指を強く曲げるための屈筋群に過負荷がかかり、内果周辺や共同腱を痛めやすいのです。
テニス愛好家① 手首痛から肘痛へ
2016年5月、テニスクラブの先輩のNさん(当時67歳、女性)がひざ痛で来院しました。
<→症例33「ひざ痛1」の「左膝痛で来院、右膝には昔の半月板の損傷」に登場しています>

2回目の来院時「ゲーム中、膝の痛みはなかったけど、右手首のほうが痛かった」とのことでした。手首を治療したら「こんどは肘が痛くなった」そうです。
手首痛から内果に痛みが移動するのはよくある話です。
合体
尺側手根
尺側手根
肘の外果からの尺側手根伸筋()と、内果からの尺側手根屈筋()が尺骨をはさんで、手首の小指側()に裏表でくっつき、共同で「尺屈=手首を小指側に曲げる」運動をしています。
手首痛をこじらせるたときに最後にたどり着く部位なので、内果と外果に硬直が連鎖してしまうのです。
野球肘の治療
仰向けの治療のときに肘への鍼を追加します。硬直した筋肉に鍼を打ち、ズラリと並べて置鍼します。
肘の尺側が中心ですが、丹念にポイントを探しましょう。
たいていはそこで軽くなるのですが、違和感が残っていたら、仕上げに内果への透熱灸を追加します。
テニスのときの痛みはなくなったのですが、「頭に手をやるときに痛い」とのことでした。これが軽度の野球肘の症状です。
膝のために週に2回来院していて、肘は「ついでに」でした。10日後、4回の治療で完治しました。
テニス愛好家② スマッシュ練習で
同じころ、隔週で来院しているテニス愛好家のNさん(当時71歳、男性)が「右肘も痛い」と訴えました。
<→症例56「足先が上げにくい(脛の神経麻痺)」の「3人目:原因は脊柱管狭窄症」に登場しています>
スクールでのスマッシュ練習が原因でした。ピッチングと同じように、ラケットを振り上げたあと、前腕の屈筋を使って「力づく」で打つとこうなります。

テニスのときは大丈夫だけど、頭にシャンプーをかけるときに痛いとのことでした。
男性Nさんの右肘痛は、軽いとはいえ「まだ頭に手をやるときにちょっと痛い」が1年もつづきました。
その理由が判明したのは1年後でした。
テニス愛好家③ スライスの打ち過ぎが引き金
翌年、2017年にテニスクラブの先輩、Yさん(当時62歳、男性)が野球肘で来院しました。
<→症例33「ひざ痛1」の「しゃがもうとすると膝がコックして曲げられない」に登場しています>

「スライスの打ち過ぎ」が原因とのことでしたが、スライスも尺側の筋肉を使います。
がんがんテニスをしているので、肩にも硬直が及んでいてかなりの重症でした。
上述のように、仰向けで腕を横に広げてもらい、内果を中心にズラリと置鍼しました。
うつ伏せの治療のあと、右上で横向きに寝てもらい、肩から肘から手首までズラリと置鍼しました。
最後は「ミロのビーナス」です。腕を上げてもらい、わきの下から腕全体に置鍼したあと、内果への透熱灸を追加しました。
1週間後、2回目の来院時は私がぎっくり腰で前傾姿勢が難しく、肘の治療だけに集中しました。
Yさんはそのまま完治したそうです。
ストレッチは必要不可欠
Yさんの治療のあと、『どうして男性Nさんだけ、いつまでも治らないのだろう?』という疑問が生じ、違いはストレッチだと気がつきました。
女性NさんもYさんも真面目にストレッチをやる人たちです。

男性Nさんは「ストレッチをやらない主義」なのです。ベッドの上で右腕を折り曲げてみたら、前腕と上腕がくっつかない状態で固まっていました。
試しに前腕を思いっきり押して上腕にくっつけました。
Nさんは「イタタタ!」とのたうち回りました。2回やったあと、「あれ?軽くなった!」と驚きました。

「痛い角度を見つけたら、脂汗が流れるほどの痛みを10秒こらえる」「激しく痛んだら、10秒を6回、1分間ストレッチする」のがリョコちゃんストレッチです。
自分で自分に負荷をかけるときは限界が分かるので、ゆっくりやれば壊す心配はありません。

次の来院時にも私がストレッチをしたら、Nさんの野球肘は治ってくれました。

ストレッチの必要性を力説したのですが、Nさんは「ひとりだから自分ではできない」といつものように頑固に主張しました。
「壁に腕を押し付けるなりして、自分でやってちょうだいね」とお願いしました。
私の専門は鍼灸です。患者さんの限界が分からないので、負荷をかけるストレッチは怖いのです。

その後は右肘痛を訴えなくなったのですが、この間7年ぶり、79歳で「右肘もちょっと痛い」という訴えがありました。
肘の可動域を確認したら、なんと右肘はすっかり固まっていました。しかもまっすぐ伸ばすこともできないそうです。
ずいぶん前からサーブをしないでテニスをしている話は聞いていましたが、ここまでとは!と驚きました。

不具合があると身体はそこを固めて守ろうとします。筋肉がギプス化して神経を眠らせるので、痛みを感じなくなってしまうのです。
フォアがスライス系なので、内果につながる屈筋に負荷がかかるのでしょう。

テニスのサーブやスマッシュは、ピッチングと同じく伸筋である上腕三頭筋を使って打つのが基本です。
前腕の屈筋で強力なスナップをかけることはないはずですが、「力づく」で打つと「野球肘」になってしまいます。
ついでに言えば、上腕の屈筋である上腕二頭筋を使って「力づく」で打とうとすると肩を痛めてしまいます。
基本に忠実が一番安全なのです。

クラブでいろんな人に「野球肘」について質問されます。ストレッチをすすめたら、みなさんが「おかげさまで治りました」と言ってくれました。
テニス愛好家の野球肘は、ストレッチをしてくれたらわりと簡単に治せるみたいです。
Updated: 2025/12/5