doseiみづ鍼灸室 by 未津良子(リョーコのブログ) 
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12/6(土) 青空テニス
最近、テニスの話題ばかりだねえ。もうちょっと、つきあってね。

木曜日は、市営のコートでテニスをした。平日の昼間にできる人はなかなか見つけられないけど、テニスはふたりいればできる。相方のS さんは、よそのスクールで上級クラスの人。運動神経抜群で、ものすごく上手。教え方もうまい。
つまり、私は、教えてもらう立場なのである。

このあいだは暖かで風もなく、絶好のテニス日和。すぐに、汗だくになった。
「ずいぶん、うまくなったね!」「今の、いい玉だよ!」と、教え上手な人は、褒め上手だ。まだテニスを始めたばかりの頃、一度だけ仲間に入れてもらい、一緒にテニスをしたことがある。あれから3年以上たっているのだ。

途中までは、順調に行った。でも、ボレー&ストロークの練習になって、正体がばれた。片方がボレーを打ち、片方がストロークをして、ラリーをするという練習なのだが、私のボレーがメチャメチャなのだ。
以前はけっこうボレーが得意だったのに、最近、本当にできなくなっていた。たまに失敗、というレベルではなく、まともなボレーが1本も打てないのだ。
初級同士で、ふんわりとゆるいボールを打つのはできても、すばやく返ってくる鋭いボールだと、ラケットがボールに負けてしまうような感覚だ。

「それは、玉を見ていないからだよ」と言われた。「だから、ラケットの真ん中に当たらないんだよ」、だって。
「野球でも同じだけど、最後までボールを見て、『ジャストミート』すると、ボールがちゃんと飛んでいくだろ。でも、あなたの場合は、目があっちを見てる。ホームランバッターなんかもそうなんだ。自分のボールが行く方向を見てるんだよね」
そう言いながら、バットを振るポーズをしてくれた。みなさんにお見せしたいぐらいの、なるほどと納得できるパフォーマンスだった。

思い当たる節がある。
この半年間、ずっとプロのテニスプレイヤーのゲームを見ていた。イメージトレーニングになっていいのだけど、頭に浮かぶイメージに、体の動きがついていかない。「あんなボールを打ちたい」というイメージだけが先行していた。
私の場合は、ボールを打つ方向を見る、というより、頭の中のイメージを見ていた、と言ってもいい。

そのあとも、何度も、何度も、同じことを注意された。
「ほら、また、ボールから目を離した!」
「ほら、また、ラケットがちゃんと握れてないぞ!」
「ほら、今度は、体が正面向いてる!」てな具合に。

調子に乗ると、つい正面をむいてしまうんだ。本当は、横向きになって打たなきゃいけないのに、2・3本、まともなボレーが飛ぶと、「今度こそ!」と、つい気負ってしまう。
「おばけだぞ~!」と子どもを脅かすときみたいに、ガオ~ッ!とネットにおおいかぶさるようにして打ってしまう。

若い頃は、本当に負けず嫌いで、闘争心ありありだった。年とともに、穏やかになって、勝ち負けを気にせずニコニコ笑っている人間になったと思い込んでいた。
でも、人間の本質はそう変わるものではないらしい。休火山のように眠っていた闘争心が、テニスの最中に、突然、噴火する。

「それがなきゃ、テニスなんてうまくならないよ」と、また励ましてもらった。
なんで、自分もプレーしながら、人の目の動きまで見ることができるのだろう?スポーツ万能の人って、すごいよね。

テニススクールだと、さわりを教わっても、こつをつかむ前に次の練習に移ってしまう。
マン・ツー・マンで、気が済むまで教えてもらえて、なんだか一気に上達した気分。とはいえ、マスターまでには相当に遠い道のりだと思うけどね。

この間のテニス合宿といい、青空の下でのテニスは、ほんとうに気持ちがいい。空を見ながら、風を感じながら、体を動かすのは爽快だよ。
動くことが「苦」じゃなくなって、「楽しい」と感じるようになった自分が嬉しい。

木曜日の午後は、できるだけ毎週、テニスをする予定。S さん、あきずにあきれずに、コーチを続けてくれるといいな。
だれか、参加したい人がいたら、いつでもどうぞ! (^O^)~~
11/29(土) 熱海でテニスの強化合宿
テニス・スクールの人たちと一緒に、熱海で合宿をしてきた。楽しかったよ~。
楽しく遊ぶと、仕事のやる気も出るよね。
「もうすぐテニス合宿」というだけで、疲れ知らずになる。合宿に行ってリフレッシュ。さらに、爽快な気分の余韻はしばらくつづく。

仕事と遊びはバイクの両輪。両方あってこその人生だ。それに、いつも患者さんに言っていることだけど、「動いて休む」ということが、元気でいる秘訣だ。
子どもは、じっとしていることのほうが難しい。若いうちは、意識しなくても、体が自然に動く。
でも、40歳を過ぎたら、そのキャッチフレーズをいつも頭において、意識的にスケジュールを組む必要がある。

「どうでした?」とコーチに聞かれ、「とりあえず、完走しました」と答えた私。
他の人たちは、練習している間にどんどんうまくなったけど、なんだか私だけは、上手になるどころか、どんどんへたになった気が・・・?
たぶん、筋力の限界を超えて、疲れが出たのだと思う。でも、「完走」はした。今回、一番の目標はそれだった。

22(土)は、診療時間を変更し、11時から3時まで働いた。
みんなは土曜日の朝から現地入りをしたのだけど、三連休をすべてお休みにするわけにはいかない。いつもは寝ている午前中から仕事をし、3時には西調布を出発するという予定を立てた。そこで、時差ぼけの調整ができる。
前の晩から行っておけば、なんとか朝から行動できる。2泊すると、間の1日を、ゆったり過ごすことができるもんね。

バイクや車でなら何度もいったことがあるけど、電車で行くのは初めてだ。あらかじめネットで時刻表を調べ、いくつかのパターンをプリントアウトしておいた。途中で、何度も、予定表を取り出して確認するという、まさに「おばさん」の行動だなあ。
乗り換えもうまくいき、5時過ぎには熱海にたどり着いた。

到着して、まず、温泉。6時からの夕食。他の人たちは、テニスのあとのビールだけど、私は仕事のあとのビールだ。
「電車で出かける」というあらたな冒険をクリアーして、感激もひとしおだ (^-^)~~
11/19(水) 筋力アップはたいへんだ
筋トレはじめてから、約2週間で、とうとう腹筋がちゃんとできるようになった!
ちょこっとでも、やっていると違うもんだなあ。
ストレッチもちょこっとしかしてないけど、体を前に曲げるときに、中指の先が床につくようになったし。もとがものすごく硬いから、これでも、すごい進歩なんだよ!

先週は、水・木とつづけてテニススクールに行った。テニス合宿に備えて、体力をつけないとしょうがないもの。

水曜の練習で、左の股関節に近いところの筋肉を傷めたらしい。次の日、足を前に出すときに痛いことに気がついた。痛みはたいしたことなかったけど、スムーズに歩けない。テーピングをして、夜の練習に行った。
その次の日、今度は、右のももの筋肉が痛いことに気がついた。
左足をかばって、右足が無理をしたせいで、右ももの古傷が出たらしい。

右の大腿四頭筋は、高2のとき、最初の肉離れを経験している。合宿の最終日の、最後にやった練習試合でのことだ。
14年後、バドミントンの試合中に、同じ筋肉の肉離れをおこした。あの頃、バレーとバスケとバドミントンをやっていた。試合や練習試合が重なると、ほとんど毎日、というハード・スケジュールになる。
その後、肉離れは起こしていないが・・・

去年の6月のぎっくり腰のとき、腰に負担をかけないように、足の力で立ち上がっていたせいで、右ももの筋肉をまた痛めた。それが完全に治っていなかった。
症例集(No.35の肉離れのページ)にも書いたように、筋断裂の場合は、筋肉に傷跡を残してしまう可能性が高い。そのため、無理をすると、同じ筋肉にトラブルが起こってしまうのである。

気血の流れは、川の流れにたとえられる。さらさら流れる小川に、小石をポトンと落すと、そこに木の葉などが引っかかる。最初は小さくても、いろんなゴミが絡まって、どんどん大きくなっていく。障害物のせいで、川がスムーズに流れなくなる。
古傷は、小石のように、流れの奥深く潜んでいる。無理がたたると大きな滞りになり、気血の流れを妨げる。それが原因になって、何度も何度も、同じような症状を繰り返すことになるのである。

「今の筋力を維持する」だけなら、「無理せず傷めず」でいいけれど、筋力をアップしようとしているので、あちこち痛みが出てしまうのはしょうがない。もう若者じゃないもんな。
あっちを痛め、こっちを痛め、あっちに鍼を、こっちにお灸を・・・
筋トレと鍼灸の二人三脚になってしまうのだ。
11/7(金) 筋トレと素振りに励んでる
最近、筋トレをはじめた。(^-^)~~

さっきからの筋肉痛(右腕と両方の肋骨のあたり)の原因は、何だろう?今日やった腕立て伏せと、素振りと、腹筋のせいだろうか?それとも、昨日の、テニススクールでの練習のせい?
年をとると、筋肉痛が出るのが数日後になる。そういう人は、鍼灸治療の効果も、数日後に出たりする。

ま、私の場合は、今のところ、筋肉痛はすぐ出る。身体のメンテナンスにはかなり気をつけてるもの。
スクールの練習ぐらいで、筋肉痛になるはずはないものな。。。

ケーブル・テレビを入れて以来、プロのテニス・プレイヤーの試合ををちょくちょく見るようになった。かなりのイメージ・トレーニングになる。
そのつもりで、スクールに行くと、「あれ?」てなぐあいに、自分のお粗末なボールの行方に、自分でビックリする。
練習回数を増やすのは、時間的にも、金銭的にも難しいので、こっそり筋トレをすることにしたのだ。

患者さんにいつも言っているように、「無理は禁物」だ。
20代前半までは、どんどん筋肉がつくけれど、それを過ぎると、筋力がつくより先に、関節を傷めてしまう危険性がある。
「1日、5回とか、10回でいいんだよ」と口癖のように言っている。
そんなものでも、ちゃんと筋力アップができるのだ。

だから、腕立て伏せは、5回からはじめた。これでもけっこうきつかった。
ショックだったのは、腹筋が1回もできなかったこと。高校時代にバスケをしていた頃は、腕立て100回、腹筋100回なんか、毎日の準備体操のひとつだったのに。

でも、あせらない、無理しない。

ヴェルのトイレ・トラブルのあった部屋で、素振りができることに気がついた。これも、1日10回からはじめる事にした。
この間買ったテニスの本に、「オープン・スタンスで打つこと」と書いてあった。
最初は、「ネットに背を向けて、ストロークを打つ」と教わったのだけど、オープン・スタンス(ネットの方を向いて打つ)で打つと、ストレートに打つか、クロスに打つか、相手に読ませない効果があるという。
将来は試合に出たいから、なるべく省エネで、ショートカットで勝利に近づきたい。「相手に自分を読ませない」というのは、私の大好きなスタンスだ。

先週、ちょうど、コーチに、オープン・スタンスと、クローズド・スタンスでの、重心のかけ方の違いについて習った。
4月からのうちらのクラスの山本コーチは、いろいろ新しいことを教えてくれるんだ。
右足に重心をかけて、身体を回してボールを打ち、打ち終わったら、重心を左に移すんだって。(フォアの場合)

ヴェルのトイレにされないように、カーテンを巻き上げてあるので、夜に素振りをすると、ガラスに自分の姿が映る。鏡になってちょうどいい。

けっこう、反射神経はほめられるんだ。昨日なんか、ダイビング・レシーブをしちゃった。相手がネットの近くにポトンと落とした。走るけど間に合わない。ダイブ!でも、球まで、あと5センチ。ラケットをちょいと投げた。うまい具合に、ラケットに球があたった。相手コートから返ってきた球は、パートナーが返してくれた。
上手な人なら、転んでいる私めがけて打ってくるんだろうけど、初級だから、返球が素直なんだ。ま、相手も、まさか返ってくるとは思っていなかっただろうけど。

てなわけで、体作りに励んでいる今日この頃で~す。(^-^)~~
10/26(日) [本]インフルエンザ・ワクチンは打たないで!
風邪のページでも言及したように、私自身は、インフルエンザの予防接種は受けていないし、家族にも受けさせたことがない。
そのおかげか、めったにインフルエンザにかからず、みんなとても元気である。
理由は、強固な自然免疫を持っているからだ。

本のページでもかんたんに紹介した、母里啓子さんの「インフルエンザ・ワクチンは打たないで!」を読んで、あらためて、いろいろ考えさせられた。
良心的な医師や研究者たちが、必死になって反対運動をくり返し、1994年に、やっと小・中学生への集団接種が廃止になった。
やれやれと思ったのもつかの間、ハイリスクということで、高齢者への予防接種が公費で援助されるようになった。
そして今、インフルエンザの予防接種を受ける人たちが増えている、という現実に、「なぜ?」という苛立ちを隠せないのは、母里さんだけじゃない。

1997年、香港での鳥インフルエンザ事件があり、2002年には、SARS(重症急性呼吸器症候群)があった。新型インフルエンザの脅威が喧伝されているなかで、「やらないよりはマシ?」「用心に」「安心」とかいう理由で、インフルエンザの予防接種を受けるのだろうか???
でも、インフルエンザ・ワクチンは、まったく効かない。新型インフルエンザにも対応できない。それが、厳然たる事実だ。

一度、自然にインフルエンザにかかれば、ウィルス全体に対する抗体ができる。自然免疫は、型の違うウィルスにも適応できる。感染している状態で、どんどん変異していくウィルスに対しても抗体ができる。血液中だけでなく、のどや鼻の粘膜にも抗体ができる。

予防接種では、血液中にしか抗体ができない。
インフルエンザは、ウィルスがのどや鼻の粘膜に取り付いて、そこから感染する。自然免疫の場合は、そこで、ウィルスを追い払えるので、感染も防げるが、ワクチンではそれができない。だから、予防接種をしても、インフルエンザに感染してしまうことになる。

自然免疫の場合、抗体は5年ぐらいもつ。巷でインフルエンザが流行ると、ウィルスにさらされることで免疫が強化される。また抗体の寿命が延びる。
不顕性感染といって、症状がでなくても、知らないうちに感染して、知らないうちに抗体の寿命がのびていた、という場合もある。
だから、まったくインフルエンザにかからない、という人も出てくる。

ワクチンで作られた抗体は不安定で、寿命は長くても5ヶ月ほどだ。そのうえ、変異したウィルスにはまったく効果がない。
予防接種を受けたのに、毎年、インフルエンザにかかる人がけっこういる。
ワクチンによる、中途半端で不完全な抗体が邪魔をして、しっかりとした免疫ができないのだろうか?

とにかく、インフルエンザ・ウィルスは、変異のスピードが、ものすごく速いのだ。
ある人に感染したウィルスが、治るころには体内でもう変わっている、ということもあるほどだ。インフルエンザ・ウィルスの1年は、人類の百万年に相当する、とも言われているそうだ。
だから、もしも、午前中に患者からとったウィルスでワクチンを作って、午後に接種できたとしても、さっきのウィルスはすでに変異しているので、もう効きめはない。
翌年の流行を予想するなんて、とんでもない話で、ワクチンでは、永久に変異のスピードに追いつけないのだ。

なぜ、インフルエンザ・ウィルスは、そんなにも変異のスピードが速いのだろうか?理由は、RNAウィルスだからである。
自分の「風邪」のページを英訳(Cold & Flu)したときに、すごくわかりやすいサイトを見つけた。 John C Brown, "The Flu is a Bummer!"

生物は細胞でなりたっている。細胞には核があり、DNARNAの、両方を持っている。
ウィルスは細胞を持たず、DNARNAの、どちらか一方しか持っていない。寄生した生物の、細胞の成分を利用して、増殖するのだ。

DNARNAの違いが、ウィルスの性質の違いに関係する。
DNAは、非常に優秀で、ほとんどミスなく自分自身をコピーできる。
RNAは、いいかげんなやつなので、ミスコピーを大量に生産する。だから、RNAウィルスは次から次へと変異する。生存不能者もたくさんでるかわりに、新しい環境に順応する、新しいタイプのウィルスが生まれる可能性がある。
そのうえ、ウィルス同士で遺伝物質を交換しあって、より生存に適する型に変化するという、おそろしい技も持っている。

天然痘やはしかなどはDNAウィルスだ。何万年も前から、型が変わらず、安定している。ワクチンを作れれば、撲滅の可能性もある。
インフルエンザや、ふつうの風邪のウィルスは、RNAウィルスだ。毎秒、毎秒、あたらしい変種を生み出すので、ワクチンの製造が非常に難しい。

この本の著者の母里さんは、ウィルスの専門家だ。国立公衆衛生院で、疫学部感染症室長をつとめていたこともある。1960年ごろは、日本脳炎ワクチンを精製する仕事にたずさわっていたそうだ。
日本脳炎のワクチンは、ネズミの脳でウィルスを培養し、その脳をすりつぶし、そこからウィルスを分離して作る。
それまでは、精製が不十分で、ネズミの脳の成分がワクチンに混じっていた。そのため、副作用で、脳や神経をやられる人がでた。

母里さんたちは必死になって、不純物の少ないワクチンを作り上げた。
けれど、メーカーに「前の基準で作ったワクチンの在庫がまだ残っている」と詰め寄られ、国は、新しいワクチンに切り替えるのを、1年も遅らせたそうだ。
苦労に苦労を重ねて、やっといいワクチンができたのに、と本当に悔しかったそうだ。その1年あまりの間に、いったい何人が副作用の被害者になったのか、今でも、思い出すと涙が出る。。。
そんなエピソードも、本には書かれている。

国民の命や健康より、製薬会社を重視するという国の政策は、いつの時代もあまり変わりがないのだろうか?
サリドマイドや、非加熱製剤によるエイズなど、似たような薬害が、幾度となく起こってきたのが、この国の歴史であり、現在でもある。

インフルエンザ・ワクチンは効果がない。でも、副作用の危険性は存在する。
ワクチンを作るうえで、どんなにがんばって精製しても、まったく不純物の混じらないワクチンを作ることは不可能だ。
その病気による死者の数と、ワクチンによる死者や後遺症者の数を、天秤にかけて、より多数の利益になるほうを選ぶのが、公衆衛生というものなのだ。

この本には、インフルエンザやウィルスのことが、とてもわかりやすく書かれているだけでなく、いろいろなエピソードが散りばめられている。
それと、インフルエンザ脳炎と、インフルエンザは関係がないそうだ。詳しく知りたい人は、ぜひ、自分で読んでみてね~。面白いよ~。
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