症例49・ぎっくり肋間筋(背中と胸と)
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<肋骨周辺の痛みが、胸郭全体に波及する>
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肋骨は胸椎に連結される
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脊柱は、頚椎(=7)と胸椎(=12)と腰椎(=5)の小さな椎骨が、靭帯や筋肉で連結された集合体です。
背中をつくる胸椎には、12本の肋骨が連結されて、がっちりと固められているという特徴があります。
頚椎と腰椎は自由に動けるので、悪くなりやすいけど、治しやすい。胸椎には肋骨が(ほぼ)固定されているので、悪くなりにくいけど、治すのはけっこう大変、という特徴があります。たいていの患者さんは、まず腰が治り、次に首が治り、次に背中に来るというパターンになります。
肋骨周辺の筋肉の障害はさらにやっかいで、かなり手こずることになります。 |
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肋骨は動く鳥かご
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12本の肋骨は、鳥かごのような形をしています。弓なりに曲がってふくらんで、肺をとり囲み、胸郭を形成しています。内部には心臓、肝臓、すい臓など、他の臓器も抱合されています。
胸椎に関節された肋骨のうち、第1~第7肋骨は、肋軟骨を介して、胸の中央の胸骨に固定され、「真肋」と呼ばれます。
第8~第10肋骨は、肋軟骨にくっついている「付着弓肋」、第11~第12肋骨は短く、どこにもくっつかない「浮遊弓肋」と呼ばれます。
肋骨には、縦横斜めにさまざまの肋間筋がくっついて、肺呼吸にあわせて、胸郭を膨らませたり縮ませたりしています。他にも僧帽筋や大胸筋などなど、多数の筋肉がからんで呼吸を助けているので、とても複雑な構造になっています。
< 関連ページ 症例50:「肋軟骨の障害」も参照してください> |
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ぎっくり背中からはじまった
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大昔のことなので、カルテの記載と古い記憶をたよりに書きます。
1995年7月のある日の来院時、Yさん(当時45歳、男性)のカルテには、「昨日、ゴルフの打ちっぱなしのあと、夜になって左背中(脇)が痛くなり、呼吸もできない」と書かれてあります。その日は背中を中心に治療をし、治ったはずでした。
2週間ぐらいたって、ゴルフに行ったとき、「打つたびに、背中だけでなく胸まですごく痛かった」そうです。痛みが胸全体に広がっていました。10ヶ所以上あった胸の圧痛点すべてに、灸点紙を敷いての透熱灸をしました。
病院に行って、レントゲンでは異常なしと(だけ)言われたそうです。
肋骨の下には肺があるので、リスクを避けて、患部には浅いハリと透熱灸だけで治療をしました。胸のお灸だけに来てもらったりもしました。 |
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痛みが胸郭全体に広がっていく
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えんえんと胸に多壮灸をくり返していたときのことです。Yさんが、「ガラスに小石がピシッとぶつかると、ピシピシーッとあちこちに亀裂が広がるでしょ。そんな感じだね」と言いました。
さすが大工さんだけあって、表現がすばらしい。まさに言いえて妙でした。痛みの部位はあちらこちらに点在して、肋間神経の走行とは無関係に、毎回移動しながら、ほぼ胸郭全体におよんだのでした。
2ヵ月後、9回目の来院時に、「胸の痛み、ほとんどいい」との記載があります。
でも、その1ヶ月後、ゴルフの次の日にまた胸痛がおこり、「息を吸うと痛み、咳も出る」とのことでした。完治したのは初回から3ヵ月後で、10回の治療を要し、ほんとうに手こずりました。
Yさんの症状が「ぎっくり肋間筋」だとわかったのは去年のことです。自分がなって、やっと病名がつけられました。 |
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「ぎっくり」は肋間筋にも起こる
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ぎっくりシリーズに新しい部位が追加されました。腰でおこればぎっくり腰、首におこれば寝違え(ぎっくり首)、背中でおこればぎっくり背中、お尻でおこればぎっくり尻と、そこらじゅうで発生しますが、肋間筋でおこれば「ぎっくり肋間筋」となります。
「ぎっくり」とは、ある瞬間に突然に筋肉にギクッと痛みが走り、そのまま動かせなくなる症状です。崩れるようジワジワと、数秒かけて硬直していくこともあります。
東洋医学では、経絡に「寒」が入って起こると言われています。ぎっくりくる前には、たまりたまった筋疲労が存在します。
こり固まった筋肉の内部では血液がうっ滞しています。古い血は冷えます。そこに「寒邪」が入り込んで、まさに「フリーズ」(=凍りつき)している状態です。
西洋医学では「筋炎・筋膜炎」と言われ、炎症なのだから冷やしたほうがいいと言われているようですが、逆効果です。温めて治すのです。 |
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サーブ練習でぎっくり肋間筋になった私
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2015年9月のことです。ホームページの移行のため、1ヵ月半、毎日パソコンに作業に没頭したあと、ロボットのような身体になってしまいました。
1人でサーブ練習をはじめてすぐのことでした。左手でトスを上げながら、右手でラケットを振り上げるのですが、バンザイをしたその瞬間、両側の背中が同時にギクッとなりました。
両手を同時に上げることはできなくなったけれど、片手ずつなら上げられたし、下から打つのは問題なかったので、そのままゲームに入れてもらいました。
はじめは自分でも、ピンポイントで障害の部位がわかりました。肩甲骨の下方、ちょっと外側(脇)寄りのあたりでした。でも、時間がたつにつれ、痛みがどんどん広がって行きました。背中だけでなく胸まで痛くなって、呼吸するのも苦しいぐらいになり、Yさんと同じ症状と気づきました。痛めたのは肋間筋だったのです。 |
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肋間筋の根深いこりが原因だった
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実は、その数日前に友人に治療してもらったあと、「背中が残っているな」と感じたのでした。肋骨全体に、卓球のゴムラバーが板のように硬くなった状態で貼りつけられているような感じで、圧迫感がありました。
他の部位が楽になったから余計につらかったのでしょう。「耳なし芳一」の耳のように、肋間筋のこりだけが取り残されていたのです。
筋疲労が回復されないまま重なって、柔軟性を失い、カチカチになっている状態のときに、最後の小石が投じられ、ついに決壊した。そんな感じです。
経絡治療のほか、圧痛点を追いかけての透熱灸をしてもらい、肋間筋のこりを斜刺で取りのぞいてもらいました。4日後にはテニスを再開できましたが、こりが気にならなくなるまでには、何ヶ月もかかりました。 |
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まな板のへり灸の効果
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ずいぶん昔のことですが、患者さんの背中のこりが何をやってもほぐせないときに発見した治療法です。
背中が「板」のようになっているときに、まな板のへりの部分にカマヤミニをすると、脊柱起立筋までほぐしやすくなるのです。
四隅に4つ、というのが基本です。
試しに患者さんにやってもらってみたら、お灸の載っている場所でなく、背中の真ん中に温かみを感じるという不思議な現象に気がつきました。
肋間神経を伝って熱感が走るのかな?なんて思っていました。 |
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去年の暮れぐらいから、まな板状態の患者さんが続出して、倉庫に眠っていた治療法を引っぱりだしたのですが、面白いように効きます。
自分が悩んだこともあって、最近は、肋骨にからまる筋肉をほぐすことをかなり重要視するようになりました。ぎっくり肋間筋の予防になります。 |
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ケンタッキーを思い出して
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肋間筋というのは不思議な存在です。1ヶ所痛めると、胸から脇から背中から、あらゆる肋間筋に痛みが広がって、とてもやっかいなことになります。
Yさんの言った「ガラス板」、胸郭全体に痛みが波及すること、そして「まな板のへり灸」の効果。不思議で不思議でならなかったのですが、ケンタッキーの鶏の胸肉を思い出して、謎が解けたような気がします。
肋骨(あばら骨)と肋骨の間には、薄い膜のような硬い組織があって、互いに連結されています。それはたしかに「1枚のガラス板」に似ています。小石がぶつかった部位1ヶ所だった痛みが、あちこちに波及していくのは、肋骨を取り巻く胸郭の形状と関係しているようです。
鍼灸師は、まずツボを追いかけて治療をする。何とかして、とりあえず治す。それから、あれこれ考える。それが臨床医学と思います。 |
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