症例50・肋軟骨の障害
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<胸の痛みは肋骨ではなく、肋軟骨が原因だった>
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酔っ払ってのアクシデント
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私の症例です。カルテがないので、自分の日記をもとに書きました。
2011年4月4日、テニスのあと、お酒を飲んで帰宅。寝るころになって、左胸のおっぱいの下あたりに痛みがあることに気づきました。
えっ、なんで?と驚きました。テニスを6時間、ガンガンやったのはたしかですが、とくに「痛めた」という記憶はありません。
翌朝になって、帰り道、2度も電柱にぶつかりそうになったこと。団地の入り口で自転車が倒れ、立ったまま左手で自転車を支えたことを思い出しました。
原因はお酒の飲みすぎ?患者さんに話したら、「酔ってるときは、ドッカ~ンと転ぶんで、思わぬ大怪我をするんだよ。お酒はほどほどにしないヤバイよね」と言われました。 |
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簡単に治ると思ったのに・・・
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鍼灸学校の学生だった頃のことです。川原でモトクロスをやって、「洗濯板」と呼ばれるコースを走っていたときのこと。アクセルを開けすぎて空中に投げ出され、バイクの上に落下して、ハンドルで胸を強打したことがあります。
同級生に柔道整復師がいて、私の鎖骨や肋骨を、コンコン、コツコツと指で叩いて、「痛みが響かないところをみると、ヒビや骨折はなさそうね」と言いました。
息を吸うときに痛むこと、大笑いすると痛むことぐらいで、とくに支障もなく、自分で透熱灸をして3週間ぐらいで治りました。
今回も、それと似たようなものだろうと思ったですが、単なる打撲ではありませんでした。 |
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動作痛と安静時痛の両方がでる
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はじめは、咳やくしゃみで痛みが出たりしましたが、仕事や家事などの日常生活に支障はありませんでした。
4日後、まだ痛みはあったのですが、とりあえずテニスに行ってみました。走っても痛いし、サーブやストロークも痛いしで、全力でテニスはできません。
左胸の大胸筋と肋間筋に沿って3本、キネシオでテーピングをしてみました。筋肉を補強する目的ですが、かえって痛みが増悪しました。テニスで悪化することが分かったので、2回やってあきらめました。
9日後、胸の痛みで目が覚めました。バイクから降りようとした瞬間に、ギクッと痛みが胸を刺しました。翌日には、寝ていても痛い状態になりました。日常の動作痛に加えて、安静時痛までおこるようになったのです。 |
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動作と痛みの関連から
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28日後、ゴールデンウェークにまたテニスをやってみました。サーブもストロークも痛みが出て、やっぱりまだやれる状態ではありません。
動作痛のおこるタイミングを観察しました。サーブのトスを上げるとき、バックハンドのストロークのとき、バイクから降りるとき、車から降りるとき、車のギアチェンジ(マニュアルなので)のとき、立ったままで靴下を脱ぐとき、ベッドに横たわる、起きあがる、水平時の身動きで・・・です。
腹筋を緊張させた状態で、大胸筋を使って腕を動かすときに、ギクッと痛みがくるということが判明しました。 |
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大胸筋と腹直筋が患部を引っぱる
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走行の異なる2本の筋肉が、同時に収縮すると、別方向に肋骨が引き伸ばされる。その瞬間に痛みがでるのであれば、患部は、両方の筋肉がくっついている場所ということになります。
自分の動作と筋肉の緊張の関連を確認しながら、解剖学の本をじっくり読んでみました。大胸筋と腹直筋のようです。同時に使って痛みが出る部位は、ちょうどその2つの筋肉がくっついている肋軟骨のあたりです。 |
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大胸筋 |
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引っぱる方向 |
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腹直筋 |
→ |
引っぱる方向 |
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<→症例49「ぎっくり肋間筋」に胸郭を形成する骨のイラストがあります> |
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肋軟骨に裂け目ができた?
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肋骨については 症例49:「ぎっくり肋間筋」に詳しく書いてあります。
12個の胸椎から、12本の肋骨が出ています。鳥かごのように肺を囲んで、胸郭を形成し、第1~第10肋骨は肋軟骨に関節しています。)が出ています。鳥かごのように肺を囲んで、胸郭を形成し、第1~第10肋骨は肋軟骨に関節しています。
患部(●)は、おっぱいの下方のちょっと中央寄りで、第6肋骨のあたり、ツボでいえば歩廊(ホロウ)の下方でしょうか。大胸筋と腹直筋、両方の筋肉が肋軟骨に付着している部位と一致します。
「立った状態で倒れようとする自転車を左手で支えた」という動作は、腹直筋が緊張したと同時に、左の大胸筋が緊張した状態です。その衝撃で、たぶん、肋軟骨に小さな裂け目ができたのでしょう。
テーピングで悪化したのは、異なる方向に収縮する2つの筋肉の、収縮する力を大きくしたためです。小さな裂け目が2つの筋肉の収縮で別方向に引っぱられ、傷口が広がる結果になったからのようです。 |
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軟骨の内部には血管がない
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肋軟骨は柔軟性があって可動性に富んでいるそうです。呼吸のときに胸郭を大きく動かすことができるから、肋骨は骨でなく、軟骨に関節しているんですね。(神様はすごい!)
肋軟骨は、老齢になると、石灰化したり骨化したりして、動きが悪くなることもあるそうです。呼吸がしにくくなる人もいるんですって。
骨や筋肉には、内部に血管が通っています。鍼灸治療を施した瞬間だけでなく、その後もどんどん血液が流れるので、治療効果が持続します。
軟骨や(筋肉の)腱には血管が通っていないので、くり返し何度もお灸をする必要があります。 |
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自分で毎日お灸をする
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私はずっと隔週で友人に鍼灸治療をしてもらっています。経絡治療を含めた全身治療なのですが、肋軟骨痛はほとんど自分で治療をしました。
大胸筋と腹直筋をほぐすことは重要です。具合の悪い部位があると、そこをかばおうとして、筋肉が過緊張します。縮んで硬くなると、患部に圧力がかかります。
患部には灸点紙を敷いての透熱灸、周囲にはカマヤミニを日に何回もやりました。血流を良くして自然治癒を促すためには、ちょこちょこくり返す必要があります。
奇経治療のひとつ、内関+公孫もけっこう効果的でした。組み合わせて銀粒を貼るのですが、肋軟骨の痛みがかなりやわらぎました。上腹部の病につかう治療法で、胃の不調、乗り物酔いにも効果的です。 |
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テーピングの貼り方を工夫して
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日に日に痛みがやわらいでいきました。自分の治療に真剣に取り組んでから1週間たって、ストレッチをしても、立ったまま靴下を脱いでも大丈夫になりました。
34日後、キネシオでテーピングをして、テニスを再開しました。
キネシオは、筋肉の走行に沿って貼り、筋肉の収縮を助けるのが主な目的です。
前回は、大胸筋を補強したために、肋軟骨の裂け目をよけいに引っぱることになりました。患部に大きな負荷がかかって、かえってこじらせてしまいました。
今回は逆の発想です。患部を保護するために、筋肉の動きを制限する方向にテーピングをしてみました。
前回の失敗 |
今回は成功 |
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大胸筋を補強したため、逆効果だった |
大胸筋と腹直筋の関連を断つ |
胸の中央寄り、腹直筋から大胸筋にかけて、ちょうどおっぱいの下に2本、水平方向に貼りました。患部への圧がへったので、安心してテニスができました。あまり長いテープだと、呼吸に使う筋肉の動きが制限され、苦しくなるので要注意です。
<註: この患部(●)に対応するテーピングなので、適当に貼らないでくださいね> |
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硫黄の温泉の効果?
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約2ヶ月目、熊の湯温泉でのことです。硫黄の匂いがプンプンする、どろりとした緑色の温泉なのですが、お湯につかっていたら、胸の患部にピンポイントで、ズシンと、棒で押されるような圧迫感がつづきました。
なんと、それが「完治」のタイミングでした。温泉をあまり信じていなかったのですが、効果に驚きました。まさに「最後の一手」でした。
とはいえ、軟骨が完全治癒することはあるのだろうか?という疑問はあります。肘の軟骨の一部が剥がれていて、医師に「軟骨は自然治癒しない」と言われて、手術をした野球少年がいたからです。
3年たった今でも、私の胸にはかすかな「感じ」があります。小さな傷はそのまま残っていそうです。それでも全力でテニスができるのだから、良しとしましょう。 |
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