症例12・頚椎症 1
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<痛みはひどいけど、意外に治りが早い>
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改訂にあたって
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以前の頚椎症(03/1/18版)、あまりに簡単すぎたので、あらためて書き直すことにしました。
Hさん(57歳の女性)が、最近、頚椎症を発症しました。寝転がったまま変な姿勢で、1時間以上犬と遊んでいた後、首が回らなくなったそうです。首と肩甲骨から腕にかけての鈍痛と、手と足に軽い痺れもありました。
1年半ほど前から、週に1度くらいのペースで治療をしている人なので、症状が軽いため、はじめは単なる寝違えと思って治療をしました。治療の後は、症状が消えるのですが、しばらくすると、また、妙な鈍痛と痺れが、間欠的に起こると言うのです。「子どもの頃の虫歯の痛みを思い出すようないやな痛み」とHさんに言われ、筋肉の炎症ではなく、神経症状であることに気づき、頚椎症の治療に切り替えました。
寝違えは、西洋医学的には、筋炎または筋膜炎などの機能的疾患です。東洋医学的には、経絡または経筋に「寒」が入って起こる症状と言われています。
頚椎症の治療は、違う観点からのアプローチが必要です。最後の詰めの部分での治療が異なります。 |
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頚椎症とは?
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頚椎症とは、頚椎周辺の炎症や病変によって起こる様々な症状の総称です。頚肩腕症候群、頚椎症性神経根症と呼ばれることもあります。
首は小さな椎骨の集合体です。7個の頚椎を筋肉と靭帯で支え、首を形成しています。椎骨の間から末梢神経が出ています。そのうちの1本または数本が圧迫、刺激されることで、その神経の支配領域に、痺れや痛み(時には運動障害)などが起こる症状を、頚椎症といいます。
何が神経を刺激しているのでしょう?レントゲンを撮って、「骨がつぶれている」と言われたり、「頚椎が狭まっている」と言われたりしますが、実際には、何が神経を刺激しているのか、具体的に指摘できないことのほうが多いようです。
頚椎、または周辺の組織の炎症、肥厚化、繊維化、骨棘、あるいは硬くなった筋肉そのものなど、神経を刺激する要因は様々です。発症してすぐなら、かなりの激痛でも、わりと簡単に痛みが取れます。
椎間板ヘルニアの場合は、器質的疾患なので、鍼灸治療をしても即効性はありませんが、ヘルニアが消失した後も似たような症状が現れることがあり、その場合には、鍼灸治療が効果的です。 |
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たとえようもないほどの激しい痛み
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頚椎症で、初めて来院する患者さんの、最もつらい症状は「激痛」です。痛みのラインは、首から腕への神経の経路に沿っています。多くの場合、首から肩甲骨のラインの痛みも併います。肩甲骨の内側、膏肓というツボのあたりの激痛からはじまる人もいます。
腕や指先の痺れを伴います。痛みで、首が回せなくなるのですが、首どころか、身動きすら苦痛、と言う人もいます。私自身は経験したことがないのですが、患者さんの話を聞くと、急性の頚椎症の痛みは、想像を絶する激しさのようです。
「寝てもいられない、起きてもいられない」、「ただひたすら痛みに耐えるだけだった」など、表現は様々です。眠ることは不可能に近く、痛み止めも睡眠薬も、全く効かないそうです。
後縦靭帯骨化症のページを見て最近来院した患者さんは、骨化症を発症する2年前、頚椎症になったことがあり、そのときは、首から肩甲骨にかけて、「焼け火箸を突っ込まれたような」痛みだったそうです。
慢性化してしまった場合は、鈍痛に変わるようです。重いような、だるいような、いや~な痛みだそうです。痺れは常にある、と言う人もいます。腕を動かした瞬間に痛みが走る、と言う人もいます。 |
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頚椎が狭まるわけ
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人類が、首に負担を感じるようになったのは、直立歩行をするようになったせいだ、とか、脳が大きくなって重くなったからだ、とか言われていますが、椎骨間を狭めているのは、重力ではありません。硬くなって縮んだ筋肉です。
筋肉は、骨と骨(あるいは皮膚など)を繋ぎ、縮むことで、関節や皮膚を動かします。筋肉の疲労が進むと、筋肉は凝って硬くなり、縮んでいきます。そのため、上下の椎骨が引っ張られて、頚椎の間が狭まるのです。
筋肉が硬く縮むと、その内部の血管が圧迫され、血の巡りが悪くなるので、ますます筋肉が硬くなるという悪循環が起こります。
脊柱が小さな椎骨の集合体で、支えているのが筋肉や靭帯ならば、筋肉をほぐすことで背骨を矯正できると思います。 |
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< 腰痛・2 「鍼灸で背骨の矯正」 参照> |
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骨格との関連
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脊柱の骨格は、最大の因子です。頭の重みを分散するために、脊柱は緩やかにカーブしています。大ざっぱに言えば、スラロームのような感じです。性格や、仕事の性質にも関係があるとも、もちろん思うのですが、たぶん、遺伝的な要素が強いと思います。
「西洋人には肩こりはない」、「肩こりは日本人に特有のものである」と、昔、言われていました。それが事実かどうかはわかりませんが、ありえると思います。なぜなら、背骨の形は、両親のどちらか、あるいは祖父母の誰かに似ているからです。同じような背骨の形をして、同じように凝る人が、家族の中に必ずいます。
日本人にも、肩こりのない人がいます。でも、日本でこれだけ鍼灸が普及し、発展しているのも、日本人に肩こり症が多いからかもしれません。 |
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<正しい脊柱は・・・> |
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頚椎症と骨格
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特に、頚椎症は、生まれつきの骨格との関連が深いと思えます。私が診た頚椎症の患者さんは、全員が、ぎっくり腰や坐骨神経痛を発症した経験があります。首・肩こりだけでなく、腰痛も持っています。背中も悪いのですが、胸椎は肋骨でがっちりと固定されているので、悪くなりにくい、でも、いったん悪くなると、今度は治しにくい、という特徴があります。脊柱のあちこちに爆弾を抱えているようなものです。
一回でも、頚椎症を発症したことのある患者さんは、「また、あの痛みが起こったらどうしよう・・・」と、恐れおののいています。手立てがないのなら絶望的ですが、鍼灸治療で、完治状態を維持することができます。その上、より健康的な生活が送れるのだから、「かえって、ラッキーかも」と、前向きに考えましょう。 |
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最初の患者はグァテマラで治療
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日本にいるとき治療にきていたAさん(当時48歳の女性)が、アメリカに引っ越して1年後、ひどい痛みで、泣きながら電話をかけてきました。1999年6月のことでした。
たまたま、彼女が毎年企画しているグァテマラツアーに私も参加することになっていたので、Aさんはドクターストップを無視して旅行を強行、グァテマラで毎日鍼灸をすることになりました。
1週間目に、サンティアゴ・デ・アティトランという山奥のインディオの村に行きました。その村には、ドローレスというAさんの友人のインディオの女性が住んでいます。マヤ民族の伝統的な祈祷師です。
ドローレスが恋人の祈祷師を連れて来て、Aさんの治療をしました。もちろん、私も治療をしました。ドローレスが「牝牛が3匹、Aさんの肩から出て行く夢を見たから、明日には治るでしょう」と言いました。マヤの人達は、夢見を重んじるのです。
翌朝には痛みが消失していました。「ハリで治ったのか、祈祷で治ったのか、どっちなんだろうね?」なんて言いながら、楽しい旅ができました。 |
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病名を知らなくても鍼灸はできる
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そのときは、旅行中なので、きちんと症状を聞いたりする余裕もなく、ホテルのベッドで、ひたすら反応点に鍼灸をしました。カルテも残っていないので、具体的にどういう治療をしたかも不明です。医者も手に負えない、泣くほどの痛みでした。彼女が「頚椎症」という病名だと知ったのは、それから数年後のことです。
Aさんが日本にいた5年ほどの間、ほとんど毎週治療をしていたので、彼女の身体のことはよく知っていました。鍼灸は、西洋医学的病名を知らなくとも、治療はできます。痛みや痺れなどの症状の出ているツボを、丹念にひとつひとつ探し出しのです。もちろん、いくつかの小技も必要ですが、丁寧に治療すれば、とりあえず、激痛からは解放されます。 |
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痛み止めも睡眠薬も効かない痛み
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次の症例、Uさん(当時62歳の男性)は、2000年3月に来院しました。
10日ほど前の朝、鏡に向かって、髪をなでつけようと頭に手をやった拍子に、首から腕へギクッと激痛が走ったそうです。それ以来首から腕にかけて、「動いてもいられない、じっとしてもいられない」痛みに、「転げまわっていた」そうです。痛み止めも睡眠薬も、全く効かなかったそうです。
痛みの激しさと、痛みと痺れの部位など、症状がAさんとそっくりだったので、「1日おき、週3回の治療で、1週間ぐらいで、激痛からは解放されるでしょう」と言って治療をしました。痛みで仰向けになれないので、最初は左上に横向きになってもらい、その後、うつ伏せで首と肩を中心に全身治療をしました。
2回目の治療の後「3時間ぶっ通しで眠れました」の感謝の言葉を聞き、そんなにもひどい痛みなのか!と私の方が驚いてしまいました。4回目で朝まで熟睡できるようになり、痛みも半減。8回目からは、週に1度の治療に変えました。軽い痺れを残して、痛みは1ヶ月でほぼ完治しました。 |
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筋肉がつれる
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Uさんは、頚椎症の激痛発作の1年ほど前から、左肩から腕にかけて軽い痺れがあり、病院で頚椎が変形していると言われ、牽引治療を受けていました。
若い頃から、肩こりや腰痛に悩まされて、マッサージなどを受けたりしていたそうですが、ある人に、「筋肉を痛めるので良くない」と言われ、10年ぐらい前から、止めてしまっていたそうです。
2000年の急性症状が治まってからも、足の親指や、手の母指と示指の指先に、常時、軽い痺れがありました。肩と背中の筋肉は、硬くなって縮んでいました。半分に割ったフランクフルト・ソーセージが、いくつも乗っかっているような感じです。Uさん曰く、「ずっと筋肉がつれていた」そうです。筋肉がツレてくると、手足の痺れや痛みなどが起こり、首や背中が苦しくなってくるのでした。 |
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フランクフルト消失までの道のり
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最初の来院から2年後、Uさんは仕事に復帰しました。Uさんには、週に1回の治療が不可欠でしたが、本人がなかなか納得してくれませんでした。油断して、1ヶ月以上も間をあけてはまた症状が出る、を何度か繰り返しました。
軽い頚椎症の発作以外にも、坐骨神経痛を発症したこともあります。いったん発作が起こると、また週2・3回の治療が必要になり、元に戻るのに、2ヶ月近くかかってしまいます。いい状態を維持することが肝心と、Uさんはとうとう観念しました。
それから4年後の現在では、筋肉のツレがすっかり取れ、フランクフルト状態だった肩や背中も、いつの間にかなだらかになっています。極度の寒がりで、1年中風邪と縁を切れない状態だったのが、めったに風邪も引かなくなりました。首のあたりに溜まっていた毒素もきれいになりました。
Uさんにとっての要治療のサインは、「左の指先に痺れが来そう」と、「筋肉がツレて来そう」です。患者さんそれぞれが、何かしらのサイン(兆候)を、自分の目印にしています。 |
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先天的な骨格と後天的な骨格
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Aさんが頚椎症を発症したのは右側でした。不思議なのは、日本にいた頃は、Aさんが具合の悪いのは、いつも左側だったことです。
「左肩と左背中が苦しい、首はかろうじて回る、左腕が痺れる」というのが、Aさんの最初の愁訴でした。全身がパンパンになって、バリバリになってしまう人なのですが、主に左半身の苦痛を中心に治療をしていました。治療を止めてからの1年間に、何が起こったのかは、不明ですが、骨格の歪みによる障害は、左右どちらにもでる可能性がある、ということのようです。
アメリカの医師に、「日本人は背骨がまっすぐだから頚椎症になる」と言われたそうです。やはり、西洋人には肩こりは少ないそうです。遺伝的な骨格が関係していると思った私の直感は正しかったみたいです。
でも、最近、後縦靭帯骨化症で来院した人は、手術をするまで、肩こりを感じたことはなかったそうです。以前の彼を知らないので正確なことは言えませんが、私のページで紹介したSさんとは、職業が同じです。1日中パソコンに向かって、設計図を描く仕事です。コンピューターのせいで、骨格が歪み、そのため、脊椎由来の病気が起こりやすくなっているのかもしれません。それで、アメリカでも、鍼灸がもてはやされるようになったのかもしれません。 |
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肩の筋肉にカルシウムの塊を発見
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Aさんは、その後は1年に1回ぐらい、日本に来たときに、私が集中的に鍼灸治療をしましたが、普段はアメリカで医者に通い、自分でお灸するなどして、何とか持ちこたえていました。Aさんには、首から肩にかけて、魔物が乗っているような不快感が、ずっと居座っていたそうです。(マヤ的には牡牛なのかもしれないけど・・・)
去年(2004年)、頚椎症の発症から5年目に、Aさんの腕の動きがおかしいと、アメリカの整形外科医が肩のレントゲンを撮ってくれました。肩の筋肉の中にカルシウムの塊が発見されました。角度を変えて、何十枚も撮って、やっと発見できたそうです。
手術で取る事ができないので、コーチゾンショット(ステロイドホルモンの注射)を受けました。1年に1度しか受けられない劇薬で、続けると骨がボロボロになるそうです。効く人もいるし、効かない人もいる。そのまま、治る人もいれば、再発する人もいる、と言われたそうです。そのときには、注射の効果がなく、痛みは居座ったままでした。
今年、2度目のコーチゾンショットを受け、長年の痛みと不快感が、嘘のように取れ、何年ぶりかで青空を見たような快適な日々がやってきました。でも、結局、2ヶ月で、またもとの痛みがぶり返したそうです。 |
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< FAQ 12 カルシウムの石灰化の対策と治療法> |
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頚椎症とカルシウムの塊の関係
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今まではメールでのやり取りだったのですが、つい最近、来日したAさんを、久しぶりに治療することになりました。上腕の付け根、肩の先端より少し下に、触ると激痛の起こる炎症部位がありました。そこにカルシウムの塊があるようです。
腕の動きをみると、たしかに、頚椎症の症状とは違います。Aさんは、アメリカの病院でレントゲンを撮ったとき、「頚椎が2ヶ所つぶれている」と言われたそうです。いつの間にか、頚椎症の障害と、カルシウムの塊による障害が、ごっちゃになっていたのです。
飛行機の中で、首が動かなくなって苦しい思いをし、その後、肩と腕に激痛が起こりました。「痺れが肘までやってくると、もっと悲惨なことになるのだけど、ラッキーなことに、それ以上の痛みからは免れた」と、彼女は言いました。どうやら、頚椎症と、無関係ではないようです。 |
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なぜ、カルシウムの塊が?
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私の考えでは、頚椎症による血行障害のせいで、肩の筋肉が石灰化し、新たな障害を生んだのではないかと思います。かつて、腱鞘炎の治療をしたとき、全く痛みのない状態になってから、腕にカルシウムの塊を発見した、という経験があります。
Aさんのカルシウムの塊は、三角筋か上腕二頭筋のあたりのようですが、治療をしながら、治り具合を見ないと、特定はできません。新しい病から順に治っていくので、最後に残ったところが、最初の問題児です。
彼女の治療は始めたばかりなので、結果は後日に回し、頚椎症の治療に戻りたいと思います。 |
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2ページ目へつづく |
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Updated: 2005/11/30~2006/2/22 <初版 2003/1/8> |
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